京都が百年後も

その魂を携えたまちであるために

京の知恵を暮らしに取り入れ

自然と響きあい

守りあうまちであるために

時代が変わっても、自然と心を通わせて暮らす京の原点を見失わずにいたい。

それが私たちの願いです。

京都を愛する皆様のこころに浮かぶ京都の姿について、

想うこと、感じることをお聞かせ下さい。

京都が永遠の都として、魅力あるまちとして輝けるように、

京都を愛するあなたの恋文を募集しています。

英語版チラシデータはこちら

募集要項

京都への恋文は1月15日に締切ました。

沢山のご応募、誠に有難う存じました。

ご応募賜りました皆様に心より感謝申し上げます。
3月に審査委員会、5月に表彰式を開催させて頂きます。

 

【募集期間】 2012年8月1日~2013年1月15日 (消印有効)
【応募資格】 京都を愛する方ならどなたでもご応募できます。
【応募形式】 一作品につき郵便ハガキ一枚分のスペース

       ([9~10.7cm]×[14~15.4cm])に

       400字以内で文章、俳句・和歌、川柳、絵手紙等の形式で

       自由に使ってください。

       400字以上、写真、動画等の上記以外の

       形式の作品はご遠慮ください。

【応募の詳細】作品はオリジナルで未発表のものに限ります。
       応募作品はひとり5点以内とします。
       使用言語は、日本語、英語です。
       応募者は、氏名、年齢、職業、住所、電話番号、メールアドレ
       スをお知らせください(個人情報は厳守いたします)。
【表彰(予定)】京都府知事賞 京都市長賞 京都新聞社賞
       京すずめ理事長賞 審査委員長賞 佳作
【選考方法】「京都への恋文」選考委員会にて選考します。
【作品の発表】入賞作品は直接ご本人に通知致します。

       審査発表についてお問い合わせには応じません

       優秀作品は京すずめHPに掲載すると共に書籍として出版予定です。
【後援】 京都府 京都市 京都新聞社 京都商工会議所
【応募先】 遊悠舎京すずめまで、郵送、FAX、メールにてお送りください。
      応募作品のご返却はいたしませんので、あらかじめご了承くださ
      い。

---送付先---
〒600‐8413
京都市下京区烏丸通仏光寺下ル大政所町680‐1
第8長谷ビル 2階
電話 070-6500-4164
FAX 075-741-6598
メール info@kyosuzume.jp

 

◆「京都への恋文」選考委員

ご応募いただいた作品は、

下記委員による「京都への恋文」選考委員会にて選考します。
委員長 川端香男里 氏 (財)川端康成記念會理事長 東京大学名誉教授

委員 井上章一 氏 国際日本文化研究センター教授

奥田正叡 氏 鷹峯常照寺 住職
小林芙蓉 氏 書画家

坂上英彦 氏 京都嵯峨芸術大学教授
戸祭達郎 氏 成美大学学長
西村明美 氏 柊家旅館女将

浜田泰介 氏 日本画家
土居好江  NPO法人 遊悠舎京すずめ理事長

 

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「京都への恋文」審査結果

「京都への恋文」審査結果

 

平成24年8月から25年1月15日まで募集しておりました「京都への恋文」公募事業におきまして、各賞が決定し表彰式を開催させて頂きますのでお知らせ申し上げます

今回の応募総数は847通、海外や全国から応募者は5歳から中高生、大学生が多く、高校・大学の授業の課題や専門学校での課題としても取り上げられました。特に東日本大震災の被災地支援を京すずめの活動の一貫として続けてまいりましたが、被災地からの応募も多く感動しております。


なお、表彰式は5月26日午後1時30分から、若宮八幡宮社務所(東大路五条西入る)にて表彰式を開催させて頂きました。

 

京都への恋文表彰式
日時:2,013年5月26日午後1時30分~3時
場所:若宮八幡宮社務所 東山五条西入る 電話075-561-1261


式次第
1、 主催者挨拶  「京都への恋文」記念CD紹介  土居好江  
1、 御来賓挨拶  京都市長 門川大作様
1、 表彰   
1、 入賞者挨拶  京都府知事賞 鈴木邦義様
1、 講評 川端香男里審査委員長 
1、 入賞作品朗読 栗塚 旭 氏
1、 書画奉納実演 小林芙蓉先生
閉会の挨拶
1、 祝賀会&懇親会

         

「京都への恋文」選考委員会             
        委員長 川端香男里氏 (財)川端康成記念曾理事長
                    東大名誉教授 
        委員 井上章一氏  国際日本文化研究センター教授
        奥田正叡氏  鷹峯常照寺 住職
        小林芙蓉氏  書画家
        坂上英彦氏  京都嵯峨芸術大学教授
        戸祭達郎氏  成美大学学長
        西村明美氏  柊家女将
        浜田泰介氏  日本画家
        土居好江   遊悠舎京すずめ理事長

 

各表彰者を決定 この時点で表彰式は5月26日に決定
4月初:各表彰者の作品取りまとめ
4月中旬:各表彰者に郵送

後援 京都府、京都市、京都商工会議所、京都新聞社
協賛 愛染工房、おぶぶ茶苑、京湯葉千丸屋、株式会社中源、柊家、松井酒造株式会社、染工房夢祐斎、松籟庵、浜田泰介画伯 (50音順)

協力 京都銀行、嵐電

 

 

 

第2回京都への恋文審査委員長 川端香男里氏の講評

第2回京都への恋文審査委員長 川端香男里氏の講評

2013年5月26日

まず自己紹介をしなければいけません。

私は現在鎌倉に住んでおりますが、残念なことに鎌倉は今回世界文化遺産には選ばれませんでした。今、残念と申し上げましたが、鎌倉市民はある意味では、ほっとしております。

京都に対抗して「武家の古都」という看板をかかげましたが、古き「武家の」文化伝統が今の鎌倉にどれだけ残されているか、ということは大変疑問です。今は巨大都市東京の手っ取り早い観光・娯楽都市として賑わっておりますが、押し寄せる車や人の洪水で週末など大変な混雑ぶりです。もし文化遺産に登録されたら、富士山の騒ぎを見てわかりますように、どっと人が押し寄せて町全体の生活が崩壊しかねません。それほど鎌倉の生活基盤は脆弱です。そこで思いますのは、京都と鎌倉の違いということですね。京都の方が鎌倉よりずっと長い歴史をもっているという問題ではなくて、そこに住んでいる人々の意識が問題なのだと思っています。鎌倉が世界遺産として認められるためのお手本は、まさに京都にあると思います。

 

ところで世界文化遺産の落第生である鎌倉の人間が、京都の市民が盛り立てている賞の審査委員長をしているというのはどういう事かと思われるかもしれません。実は一番不思議に思っているのは私自身ですが、この間のいきさつについては後ほどお話申し上げます。

 

川端康成の没後、多くの人々のご協力で川端康成記念會という財団がつくられました。優れた短編小説を顕彰する川端康成文学賞の授与が中心の文化財団ですが、日本の文学の創作ならびに研究に対する力添えが出来ればという趣旨でつくられております。今年の4月1日に公益法人になりましたので、国際的な貢献、鎌倉市の文化都市としての発展への寄与という方向も目指したいと考えております。

 

5年ほど前に大学を退職して以来、もっぱら川端財団の運営に携わっておりますが、専門としておりました比較文学・ロシア文学の領域ではまだ現役のつもりでおります。来月もNHKに頼まれて、トルストイの『戦争と平和』についての解説を担当しますので、改めてこの『戦争と平和』というあの膨大な作品を読み直してみました。これは長大な作品で、なかなか読み切れずに多くの人が挫折をしてしまうようですが、それは読み方が悪いのであって、これほど面白い楽しい小説はないと私は思っております。この小説は1812年という年に焦点を合わせてロシアの歴史を描いています。ナポレオンの率いるヨーロッパ連合軍がロシアの国内に攻め入り、ついには首都モスクワが大火で全部燃えてしまうという悲劇にロシアは見舞われます。

 

退却に退却を重ねたロシアは結局ナポレオンの大軍に勝利するのですが、その勝った秘訣というのは、ロシア国民がお互いに優しさというものを持っていたということです。人と人とが本当にその優しい感情で結ばれる、そこで国民がひとつになれて、その結果ナポレオンの軍隊を追い払うことができたという物語だという風に言い切れるように思えました。それと比べて今の日本の状況を考えますと、これはあの1812年のロシアよりもっと大変な危機に襲われつつあるのではないかというような気がします。で、そのような時に軍備的な対応を重視する人がいるかもしれませんが、やはり国民同士がお互いに優しくなるということが何より大切と思われます。「京都への恋文」もそういった意味で、つまり国民が互いに優しさを取り戻すという意味では、非常に重要な仕事なのではないかと思います。ちょっとこれは脱線しました。

 

「京都への恋文」を主宰する京すずめの土居好江さんとの出会いについてお話しておかねばなりません。これまで川端財団の仕事で「川端康成コレクション展」を京都で二回させていただきました。川端康成と親交のあった東山魁夷という大画家がおられますが、その東山さんに康成は「あなた是非、京都の今の姿をとどめるような、そういう作品を描いておいてください」と、かなり熱心にお願いしたんだそうであります。それで東山さんが描かれたのが、例の『京洛四季』ですね。これは京すずめの趣旨とも合う仕事だと私は思いますし、二人の芸術家が、いわばタッグを組んで戦後一時期、日本の文化のために色々尽くそうとしたという事は、やはり現在私がやっております財団法人の仕事としても非常に重要という風に考えております。「コレクション展」を始めて、現在20年になりますが、その過程で東山魁夷さんが同時に大変なコレクターであったということが判明いたしました。そのコレクションが一度も公開された事がないものですから、川端康成と東山魁夷のジョイントコレクション展というのを現在展開中であります。

京都で開催した二度の「コレクション展」の際に講演する機会がありましたが、しばらくして遊悠舎京すずめの土居さんから「川端康成と京都」というような話をしてくれないかという依頼をいただきました。京都には当年106歳になる叔父もおり、友人もいて、現役教師だったころには学会でよく訪れる京都は何か身内のような感じをもっていましたが、土居さんとお付き合いしていると、より奥深い京都の中に引きこまれて行くような気がしました。「京都への恋文」の審査委員長を引き受けるまでに話が進んで行った経緯は私自身にもよく分かりません。何かに魅せられたように自然の成り行きでそうなったとしか言いようがありません。

 

「京都への恋文」―この発想は実に見事です。恋文とは思いの丈を語るものだと、どなたもお考えでありましょうけれども、しかしただこの「恋文」には制限があります。ハガキ一枚に入る、という事が条件です。思いの丈と言ってもどんどん喋りまくられ書きまくられては逆効果になります。日本の場合は短い文で自分の気持ちを伝えるという伝統的な文化があって、中学生や高校生もしっかりとその伝統を身に着けています。先ほど京都府知事賞を受賞された鈴木さんが、初めてお書きになったというけど、これはもう血の中に流れている伝統なのでしょう。こういうものを書けるのが日本人なんですね。日本の短詩形を、外国人に説明する時に、例えば芭蕉の一句を説明しますと、学生はキョトンとして、それからどうしたの?という表情を見せます。「古池や~」と一句を説明して、それで終わっちゃうとそれで作品が終わるということが彼らには理解できないのです。このように多くのものを削ぎ落とし切りつめて表現するのが、日本文化の非常に大きな特徴でしょう。

 

「京都への恋文」の応募作品の中には、今言ったような日本人の血の中に流れているものが、全て表れているように思われます。日本人が伝統的に持ち続けた切り詰めた表現の強みは、それが具体的であると同時に非常に象徴的である点にあります。言葉の持っている喚起力、なにかを呼び出す力が非常に強いのです。例えばここにアトランダムに取り上げますと、例えば15歳の高校生の方がお書きになった京都新聞社賞の作品ですね、「打水や 石のかをりの やはらかさ」これ外国人が聴いてもわからないですよね、絶対わからないと思います。15歳の歌とは思えないですよね。
これはやはり教育の力もあるけれども、教育以前に伝統的に日本人の血の中に流れているものがあるのではないかと思われます。その精神は音数律で切っているわけではない普通の文章にも見事に表れています。中でも京都市長賞の五十嵐さんの文章には感銘を受けました。

 

絵手紙に関しましては、八百何十通ともなりますと、整理するのが大変な仕事になります。京すずめの方々の大変な努力できちんと整理されて、審査委員のほうに廻ってくるわけです。絵手紙の愛好者は今や大変な数を数えるようになりました。絵手紙は絵と言葉の両面から成っていて、言葉を主体とする文章、俳句、短歌などとは違った選考基準を審査委員側が考えなければならなくなります。
絵手紙のデータは事務方の方でいろいろと審議され整理された後で、我々の方に廻ってくるのでありますけれども、審査委員の予備的投票をまとめてもらいましても、票がまとまらず皆が2、3票ずつとるという拡散した状態になってしまいます。本当に意思がばらばらなんです。ところがこれが不思議なところで、実際に審査委員が集まって、現物を目の前にして色々と議論し始めると、何故か不思議にまとまってくる。
なんでそういう事が起きるのか、つまり一人一人がばらばらに独立して評価をすると、まとまった結果が何も得られないのに、集まって、話し合いをしあうと、何か別の神様がいて、それが降りてきて皆にとり憑いて話が決まる、まあ、そういうような感じで落着するのです。という事はつまり私自身委員長として何もリードしていないのですが、神様がやってきて雰囲気をまとめてくれるという、そういった印象であります。

 

これは私の個人的印象に過ぎませんが、いろいろな立場の人が一堂に会するということが大切なのです。それも議論をして投票で決着をつけるためというのは論外のことです。賞の選考は優劣という基準をつけるということで、そういうことに違和感を覚える人もいるでしょうが、いい作品を優れていると一同で認知した後の気分は格別です。私たちの賞の審査は、私が鎌倉からひょっこり出てくるということもあって、しょっちゅう会うというわけにはいきませんが、その前に事務方で、しっかりと議論を重ねて整理をして、あらかじめしっかりとしたアンケートを審査委員が出して、その上で最終審査をやる、という手順を守っています。そこで、神様が降りてきて、なんとなしに一番いいものはこれじゃないか、と囁いてくれるんですね。おかげさまでなんとか2回の山場を越したかと思いますが、今度は皆様の賞に対する評価を私達としては聴きたいと思っております。

 

 

 

 

第2回「京都への恋文」審査発表について

第2回「京都への恋文」審査発表について

京都府知事賞

都には あまねき人の 平安を 祈る僧尼の こころ満ちたり

鈴木邦義 74歳(神奈川県横須賀市)

 

京都市長賞

細くたおやかな指先が頬に触れなんとして、瞑想の美を現出する広隆寺の半跏思惟像。
私の京都は、その美しく繊細な指先に凝縮されている。
それは、京都に残るあらゆる文化に共通する「こまやかさ」の象徴である。
西陣織、友禅染、京焼などの伝統工芸は言うに及ばず、かな書、京菓子、京料理と、「細やかな」指先が生み出す芸術は枚挙に暇が無い。
それらの根底にあるのは、しだれ桜、鴨川の流れ、嵯峨野の紅葉、北山の雪といった四季の景物と、その美を賞賛し楽しもうとする京都人の「濃やか」な感性であり、それは争いを避け相手を気遣う京言葉にも、頬に触れなんとして留まる菩薩像の心となって現れている。
こうした二つの「こまやかさ」が一体となって生み出す京の心が、私の思い描くはんなりとした京都を形作っているのだろう。
京都、その地への思いは隔たるほどに憧れとなって降り積もる。
それで私は近頃、無性に京都の繊細な美と心に会いたいと思うのだ。

五十嵐 裕治 54歳(茨城県那珂郡)

 

京都新聞社賞

打水や 石のかをりの やはらかさ


白石 沙織  15歳 高校生(愛媛県伊予郡)

 

遊悠舎京すずめ理事長賞 Ⅰ (2点)

厳冬の京都、錦市場にて。私は半開きの小銭入れを持ち漫ろ歩いていた。香ばしい焼穴子につやつやのお結び。錦市場はいつも私を移り気にさせる。
その時、前を見ず歩いていたせいで通行人と衝突した。辺りに大量の小銭が撒ける音。これは大変だぞ、と冷や汗をかく前におばちゃんの声が響いた。
「皆よけて!この方小銭落としはった!」
そう言っておばちゃん自ら腰をかがめ小銭をかき集めてくれる。道行く方も手伝ってくださり、一瞬で私の手元に小銭が戻った。
「良かったなぁ。さぁこれでも食べな」
礼を言う前に、掌に漬物が乗せられる。おばちゃんはすぐ傍の店舗の漬物屋さんだったのだ。頂いた千枚漬は、京都の冬のようにきりっと冷たく、おばちゃんのように優しい味がした。
私はありったけの小銭で千枚漬を購入した。おばちゃんは飛び跳ねんばかりに喜んでくれた。懐は寒くなったけれど、その分心はとても暖かかった。私の、大切な京都の思い出の一つである。


秋山瑞葉  21歳(香川県仲多度郡)

 

遊悠舎京すずめ理事長賞 Ⅱ

杉山楓 19歳 短大生(岐阜県岐阜市)

 

審査委員長賞

兄妹で 父のズボンの ベルト持ち 清水寺の 坂道のぼる       

黒木直行 70歳(宮崎県日向市)

 

特別賞作品Ⅰ


 東山にある女学校へは市電で通い、授業ではシューベルトの「菩提樹」を習った。当時ウィーンはドイツの一部で、日本とドイツは同盟国だから「菩提樹」は歌ってもよいのだ、と先生が言った。学校の帰りに時々寄り道をしては京極へ行き、映画をみた。しかし戦争が激しくなると学校へは行かず、勤労動員で三菱に行った。工場では、左手親指の先が機械に巻き込まれ、二つに割れた。
 空襲警報が鳴ると、飼い猫のタマがいなくなる。が、解除されると、かまどの中からくしゃみをしながら出てきて、家人の顔を見ては嬉しそうにニャオンと鳴いた。黒猫のタマが灰をかぶり、白猫になっていた。外に出てみると南西の空が真っ赤に燃えていて、近所の人たちがそれを見ながら口々に、「大阪がやられている。かわいそうに。」と言い合った。しばらくすると、決まって京都にも雨が降るのだった。
 娘だった母を慈しんでくれた京都。今の母にはこんな京都の記憶のみが鮮明である。

 

濱野 玲子 57歳(大阪府吹田市)

 

特別賞作品Ⅱ

舞妓はんの下駄。そしてまわりにある花は着物の柄をイメージして描きました。

小川量香 14歳 中学生(宮城県仙台市)

 

佳作Ⅰ (5点)

私が小学生だった50年前の夏の京都。祇園祭も終わり、五山の送り火を共にお精霊さんもお送りし、地蔵盆では、大きな数珠回しをしてお菓子をもらって、近所の友達と遊ぶ・・・。こんな行事が過ぎていくと共に、京都の暑い夏も終わっていくのです。
お祭りの始まるまえには、畳の上には網代が敷かれ簀戸、御簾、そして蚊帳、子供の頃には、これらがすごくうれしくて、浴衣を着てよく寝ころがったものです。
近所のおまんやさんで、わらびもちや、おしんこを買ってきて、家の中の井戸にはスイカを丸ごと冷やし玄関先、坪庭には打ち水をして、家中、開け放して風を通す。
なつかしい風景がよみがえってきます。
暑いのが、あたり前の夏。
「家の造りは夏を旨とすべし」と兼好さんも言っているように、京都の夏には先人の知恵がつまっていました。
どんなに便利な世の中になろうとも、自然を暮らしの中にとり入れてきた京都を忘れることは、ありません。

谷口 早苗  60歳(兵庫県宝塚市)

 

佳作Ⅱ

余震やさかい気ぃつけてなぁ

 

久しぶりの震度5に日本中が揺れた日。 祇園のおかあさん(大親友と呼んでと言われている)康子さんから電話があった。
「これは東日本大地震の余震やさかい。大正大震災の時も10年は続いたし、あまり怖がらんと、でも用心してお気張りやす」
大親友・康子さんの本当の年齢はわからない。
私は新撰組が好きで、池田屋跡を見たいと言ったら
「血のりは掃除しても取れないし臭いし怖いしホンマ迷惑なこっちゃ」
と、まるでそこにいたかのように話してくださったことがある。
そういえば、都をどりに案内して下さったときも、馬券売り場に群がるくわえタバコの人たちを見て
「みんなしてお金出し合うとかして別のトコ行ってもらえばよかったんや。本気で祇園を守っとけばこんなことにならへんかった」
と悲しそうな顔をされた。
守るものが日本一多い京都だから、住んでいる人ができないなら、私たち外にいる人間が助けなきゃ。

後藤 ゆうひ 中学生(秋田県横手市)

佳作Ⅲ

アルバムに 京のお宿の 箸袋

野田美和子  51歳(愛知県刈谷市)

佳作Ⅳ

しんしんと 雪降る古刹の 門前に 重き笠着る 雲水一人

大窪誠一郎 55歳(兵庫県神戸市)


佳作Ⅴ

小野寺 夏希 17歳 高校生(岩手県奥州市)

 

 

 

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